明日はもうすこしマシにします

日記のブログです。ヤフーブログから引っ越したので過去記事には不具合があるかも(2019年10月)。見たり読んだりししたものや考えたりしたことを忘れないうちにメモっておこうというもの。ヤクルトファン。

Webは拙速を尊ぶ

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狛犬がカッコよく撮れた

Webは拙速を尊ぶ。のである。

 

細やかさや丁寧さ、時間を掛けてつくるものよりも、瞬間的、発作的、刹那的に作られたもののほうが価値が高い。

 

それは芸術とか高尚とか文学とか書籍とかそういうものの対極にある。速報に多少間違いが含まれていても訂正は容易だ。多少間違いがあっても安く速く! 情報が薄くともそれっぽいことが書いてあればいい!! それが何よりの正義で、Googleもそういうページを高く評価しているのは、何かを調べようとしたときに、粗悪なまとめサイトが上位に来たり、「いかがでしたか?」、「現在調査中です」というページが上部にくることからもわかる。

 

悪貨は良貨は駆逐するのである。

 

であるからして、いやしくもWebで仕事をする者は、拙速は巧遅に勝るということを噛み締めて、心に刻んで仕事をしなければならない。誰も彼もスマートフォンの小さな画面を覗き込んで重厚長大な超大作を味わおうなどとは考えていないのだ。

 

記事を読む者も作る者も寸暇を惜しんで組成乱造し乱読するのだ。

 

とくに作る者は、スピードを意識しなければならない。俺に情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さが足りないのは承知のこと、そして何より速さが足りない! と、旨に刻んでやらなければならない。

 

(ところで記事タイトルにつけた“Webは拙速を尊ぶ”って、とっくのとうに誰かが言い出して使い古されているだろうなと思ったら、意外にも検索にはヒットしなかった。今後このときよりこの言葉に関しては俺が発案者であるとパテントを主張しよう)

 

とにかく速くやるようにしよう。時間は永久ではない。ガンジス河のの流れのように悠久ではない。ガンガーがゆっくりたゆたっているあいだに、俺の寿命はあっさり尽ききってしまう。

 

その決意とともにこの文章は椅子に座らずに、『シェンムーⅢ』の馬歩のような、中国拳法の騎馬式のような中腰の体勢で書き付けている。だから素早く書ききってしまわないと脚が痛くて仕方がない。健康になるし速度もつくし、一石二鳥かもしれない。

 

それでもだ。

 

Webは拙速を尊ぶのかもしれないが、俺は拙速を尊ばない。むしろ一個人が、険しい峠にノミ一本でトンネルを掘り開けてしまうような情熱と時間と狂気じみた執念でもって書き上げたものを好む。拙速は巧遅に勝る、悪貨は良貨を駆逐する。それでも俺は巧遅と良貨を捨てる気にはなれない。そこに自己矛盾がある。

 

このことについてもっと深く考えるべきだろうが、両足の震えがそれを許してくれない。