明日はもうすこしマシにします

日記のブログです。ヤフーブログから引っ越したので過去記事には不具合があるかも(2019年10月)。見たり読んだりししたものや考えたりしたことを忘れないうちにメモっておこうというもの。ヤクルトファン。

早起きの効用

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画像は富山県砺波市庄川町にある閑乗寺高原の夢木香村。
6人棟のコテージが二つと、
バーベキュー用のスペースが二つ見える。
この六角形の屋根は移転を経てもうそろそろ築20年ぐらい?
山の空気はうまい。
朝は特にひんやりとしてうまい。

早起きっていうのは大体三文の得らしいけど、
その3文っていうのは円にしたら一体いくらなのかよくわからないから、
早起きをすることが果たしてどれだけの得になるのかは正確にはわからないけれども、
しかしそれでもやはり朝の清浄な空気を胸いっぱいに吸い込めば、
ああこれは新しい朝が来たのだ希望の朝なのだ喜びに胸を開き青空仰げというようなことを思うのではないかと思う。

何が言いたいかというと早く起きるのってイイねっていうことを言いたい。
でも写真のような環境ならともかく、
コンクリートジャングル東京では多少早く起きたところでそれほど爽やかってわけでもない。
とすると朝の爽やかさは徐々に光合成を始めて新鮮な酸素と水蒸気を発する植物達の手柄なのではないかと思う。
それでも早起きするのはいい。

心理的な問題としていい。
というのは、たとえ同じ時間働いて同じ生産を上げるとしても、
朝5時に起きて仕事を始めるのと
午後3時頃に起きて仕事を始めるのではその心理上におおきな差ができると思うからで、
つまり朝5時に起きる人間の心理としては
「ああ俺ってやつは世間画まだ寝てる時間に起きて、日が昇る前から働いて素晴らしい人間だな」
という、いまだ惰眠をむさぼる世間を眺めて、
難しく言えば内心で睥睨して、
多少なりとも世間に対して自尊心というか優越感を得ることができる。
しかし同じ仕事をするにしても、
それが午後3時に起きて仕事をするならばその人間の精神状況は

「ああまたこんな時間まで寝てしまった。世間はもう動き出している、どころか午前の仕事も昼食も終わり、一仕事終えて甘いものでも食べながら休憩をするような時間ではないか。まったく俺はその間にぐーぐーぐーぐー飽きもせずに寝続けて、嗚呼一体なんというダメ人間だらう」

というようなものになり、
同じ量の仕事をするにしてもそこには社会とか世間に対する精神的な負い目が存在し、
そのいやな感じにまとわりつかれながらの仕事となるので、
これはやはり精神衛生上よくない。
これはもう自信を持ってよくないと言える。
なぜなら何度も自分で経験しているからですね。



つまり何が言いたいかというと、
特にまあ強く何かを言いたいわけではないのだけれども、
早く起きて適度に働いて万事よろしく適当な疲れを持って帰宅して、
ゆっくり風呂に入って風呂上りにビールでも飲んでぐっすり寝るっていう生活がいいなーと思う今日この頃でありんす。


というわけでこれから朝飯食って学校でもいこうかな。