明日はもうすこしマシにします

日記のブログです。ヤフーブログから引っ越したので過去記事には不具合があるかも(2019年10月)。見たり読んだりししたものや考えたりしたことを忘れないうちにメモっておこうというもの。ヤクルトファン。

秋葉原の通り魔殺傷事件について(長文)

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あんまり辛気臭い話は好きじゃないのだけれど、
なんだか語っておかなければならないという気もするので、
語ります。
陰鬱な事件の、憂鬱な感想(しかも長文)なので、あんまり読むことをオススメしません。
それでもやっぱり普段からアキバ系を自認して憚らない者としては、
何かを書いておかなければならないという気がするので書きます。

画像は秋葉原
昨日今日の様子じゃないですよ。
昨年の夏ぐらいの写真です。
今はこのサトームセンヤマダ電機LABIになってるはず。


秋葉原で通り魔事件がおきた。
レンタカーの2トントラックで交差点(歩行者天国)につっこみ人を撥ね、
降りたあとは持っていたサバイバルナイフで次々と人を刺していったという。

お昼過ぎ、
はじめニュースを見たときは「5人心肺停止」ということだった。
中央通り、改装したソフマップの前の交差点で救急隊員と警官が、
緑色のシートで被害者を囲んで治療にあたっている様子がニュースに流れていた。

ニュースにも流れていたし、すでにネットにもその様子がUPされていた。
場所が場所だけにネットへ情報があがるのは早かった。
ニュースよりよっぽど早かったし、濃さもネットの方が、
それもニュースサイトなどではなくいわゆる「匿名掲示板」への現地からのレポートのほうがよっぽど速く、
内容も濃かった。
(しかしこの「匿名掲示板」って、名前を伏せる意味あるんだろうか)
ニュースで流れる前から、被害者に応急処置を施す人たちや、レンタカーや、
犯人が警官に取り押さえられる瞬間の画像がネットにはUPされていた。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00134305.html
ここでも使われている「視聴者撮影」の映像が、事件後2~3時間でUPされていた。

NHKがエコがどうのという特番生放送を流している間も、ネットは現地からの情報を求め続けて、
現地からもどんどん画像や情報が送られた。

もちろん、誤った情報も山のようにあった。
・犯人は忍者のコスプレをしている
・金髪でサングラス
など犯人の見た目に関する誤情報や、
「こいつが犯人」
と言ってニュースの画像を張られているかわいそうな人もいた。

まさに玉石混淆…というか、石石混交というか。
嘘を嘘と見抜けない人には、インターネットを使うのは本当に難しいのです。

そんな中で犯人逮捕の様子の画像も張られ、
最初は被害者なのか加害者なのかわからない(頭部に怪我をしてるし)ような状況だったが、
ニュースで犯人の情報が流されるにつれ、犯人であるという
ことが確かになった。
上のFNNのニュースを見ればわかるけど、
画像は何枚かの連続写真で、警官が拳銃と警棒を使って犯人を制止、逮捕している様子を、
至近距離から克明に捉えたものだった。
犯人が使用したレンタカーも、レンタカーの会社もナンバーまではっきりとわかる写真がUPされていた。
フロントガラスに白い大きなひびが入っていた。


そうこうしているうちに、19歳と74歳の男性が死亡したという速報が流れた。
5人の心肺停止のうち、2人の死亡が確定したのだった。

そのうちに死亡者は3人になり、5人になり、今の段階で7人になった。
死亡者の人数が増えるにつれ、言葉を失っていった。
せめて死なないで欲しいと願う気持ちを裏切って、
当初の心肺停止となっていた数以上の方がなくなってしまったのだった。

絶句。
欧米ならオマイガー…とか力なく呟くところです。
もちろん悲しかった。
言葉にはできないけど。


これぐらいが把握できていることです。
事件の概要についても、自分の気持ちについても。


わからないことが多すぎる。
気持ちの整理も付かない。
なんだかもう、わけがわからない。

秋葉原というのはまあ、
最近ではすっかり有名な観光地になっていて、
外国人観光客の姿もたくさん見ることができる大きな街なんだけど、
そんな街で悲惨な殺人事件が起きたということもショックだし、
それが、自分が何度も訪れたことがある街だというのももちろんショックでもある。
(今使っている携帯は、事件があった交差点のソフマップで機種変したものだし)

日曜日だし、
自分がアキバに遊びにいく可能性だって十分あった。
今日はたまたまいかなかったけれども。
そこに行って、自分がそこに立って、事件に巻き込まれていた可能性だってあった。
そういう怖さもないわけじゃない。

でもなんだかそういうことだけじゃない。
自分が殺される可能性があったから、ショック。
そういうものだけじゃない。

秋葉原に訪れていた人たちが殺されたというのは、
なんだか友達が殺されてしまったような感情も起こる。
面と向かって会ったことはなくても、道ですれ違ったことがあるかもしれない。
同じ店で買い物をしたこともあるだろう。
ひょっとすると、その人が何かを買ったおかげで自分が手にいれらなかったなんてことも、
十分にありえる話だ。
秋葉原という街は、とにかくなにか不思議な一体感を持つ街だったのだ。

彼らは何一つ殺される理由をもっていない。
犯人は「世の中がいやになった。誰でもよかった」と供述しているという。
そんなくだらない理由で彼らは無残にも殺されてしまった。
犯人が彼らを殺さなければならなかった、
彼らが犯人に殺されなければならなかった理由がわからない。
理由が、理屈が十分言い尽くされていない。不十分である。
それを理不尽と言う。

理不尽。不条理。考えてもわからないこと。
そういうの嫌いなんですよ。
そういうのがあると、
言いようがなく悲しくなるんですよ。

「智」…正邪を正しく判断すること。物事を理解し、是非・善悪を弁別する心の作用。
ひいては、知識を、人間を、世の中を深く理解すること。
まぁ2行目は完全に独自の理解も入ってますが、
仁義礼智信」の「智」というのはそういった意味であると思います。
犯人も、この「智」という漢字を名前に持つ人でした。

犯人の名前が読みだけでも自分と同じであることが、さらに憂鬱を深める一因です。
正邪を判断しなければならないはずの名前ですよ。


わけがわからんのですよ。
それもイヤなんですよ。
「智」という漢字を持つ人ですから。
殺す理由も殺される理由も、
理解できないことがイヤなんです。

という感情も一部ある。
怖いとも当然思う。
被害者の方がかわいそうだという同情の心もある。
好きな街を台無しにされたという怒りもある。
そういうのを、
絵の具をかき混ぜるみたいにしてぐしゃぐしゃにすると、
まぁなんだか総体として「悲しい」という気持ちになる。

いろんな感情が混ざっているけれども、
それがガラスのモザイクみたいに綺麗に分かれているわけではなくて、
なんだかぐじゃぐじゃって感じなのです。

混乱とか騒然とか呆然とか、そういった感じなのです。
何はともあれ、被害者の方のご冥福をお祈りいたします。
それくらいしかできることがないのか、という、無力感も当然あります。

日曜日にこんな事件が起こると、参ってしまう。


まぁなんだかわけがわからんことばかりの世の中だったりするんですけれども、
幸いなことにわからんことはわからんと言える世の中でもあります。
わからんことを知っているかのように話すことはしたくないです。
知らざるを知らずとせよ、ってひげの長いおじいちゃんも言うとることですし。
わけがわからないことを、「わけがわからない!」とはっきり言えるので、なんとか保っていられます。

ありがとう孔子

ちぃとも内容がまとまってないけど、
それはもう、もともとの気持ちがまとまってないのだから、
仕方のないことです。
むしろこの混乱した気持ちをそのまま表現しとるのです。

まぁ、辛いけど、明日も日常を生き抜かなければならない。
キレることなく、諦めることなく、
ともすれば叫びだして暴れだしたくなるような気持ちを爆発させることもなく。
退屈で過酷な日常をひたすら生き抜かなければならないのですよ。

生きるのって大変だなぁ。




ソフトバンクのCMの猫かわいい。
終わり。