明日はもうすこしマシにします

日記のブログです。ヤフーブログから引っ越したので過去記事には不具合があるかも(2019年10月)。見たり読んだりししたものや考えたりしたことを忘れないうちにメモっておこうというもの。ヤクルトファン。

『原発ホワイトアウト』読んだ

イメージ 1

画像はいまちょっと話題の小説『原発ホワイトアウト』。
福島原発事故のその後を描いた小説です。

原発はまた、必ず爆発する!!」

という恐ろしい売り文句のオビが付いています。

福島原発の事故のあと、原発再稼働を目指す電力会社・電力業界。
官僚・政界を舞台に暗躍する人物たち。
それを暴こうとするジャーナリストと若手官僚などを巡る政治経済劇…ということになるのかな。

ただそこに描かれるのはハデハデしいスパイアクションや命のやりとりではなく
地味で、しかし確かなリアリティのある「利益誘導」、「根回し」、「腹芸」、「接待」など
なんとも日本的かつ現実的な政治の裏面。

リアリティがあるのもそれもそのはずで
なんでもこれが初小説となる作者は実際の現役官僚なのだとか

奥付の作者プロフィールには
東京大学法学部卒業。国家公務員I種試験合格。現在、霞ヶ関の省庁に勤務」
とだけあります。

へえ…。

< 原発めぐり「現役官僚」が告発本 官庁では犯人捜しも - 朝日新聞デジタル >

< 特集ワイド:「内部告発小説」の現役官僚に聞く 「再稼働いいのか」問いたい - 毎日jp >

つまりこれは原発を巡る政治小説というほかに
現状に憤っている若手(?)官僚による内部告発という性格も持っているわけです。

ほほー、なるほどなあ。

そう思って読むと、リアリティを持って描かれる、
私利私欲にまみれた省庁の内部と電力会社の癒着構造は信じがたいほど汚れきっている。
信じがたいというか…信じたくないというか…。

電力会社による世論誘導、政界に圧力をかけて国策捜査で知事逮捕、マスコミ支配……
本当にこれが現代日本で行われていることかね、と、なんとも暗澹たる気持ちになります。

しかしまあ、週刊誌報道やワイドショーで「腐ってる!」と散々言われていたけど
「いくらなんでもそこまでじゃないだろ~ テレビだからって扇情的につくっちゃって~コノコノ」
とか思っていた社会保険庁
フタを開けてみれば事前の報道を上回るクズっぷりだったのは比較的記憶に新しいところ。

百歩譲って、そういうこすっからい利益誘導は
倫理的にはもちろんNGだけど構造上ある程度しかたのない事なんだと百歩譲って許容しても
仕事をしっかりやってくれれば、社会的に大きな実害はないわけですよ。

でもそうじゃないと。

年金記録は消えるしずさんな運用で利益を上げるどころか損害を出しちゃうし
目を原発に戻すとフクシマでは為す術無くメルトダウンからの水素爆発…
そしてメルトスルーを起こして今でも汚染水はタンクから尿漏れさせちゃうし…
まあ実際の仕事っぷりもろくなもんじゃないと。
ろくな規制もままならないまま自民と電力会社は再稼働目指して突き進んでると。

なんだこれは。

本当に原子力発電所の運営をこの人らに任せたまんまでいいのか…と
警鐘を鳴らしているように思われます。

ネタバレになりますが、最終章では、ややカリカチュアされた文章で
原発から延びる送電線の鉄塔がテロ行為により破壊され
柏崎原発(的な、架空の原発)がメルトスルー
爆弾低気圧で豪雪の降る正月でろくな対策も取れぬまま事態だけが悪化していくという…。

甚だしくは、氷点下の低温で水が氷付き、ベント(開放)できないでいるところの描写。

「とにかく、ホッカイロ貼ったり、小便かけたりして、温めてみようよ!」
原子力事業本部長は相変わらず落語のような口調だ。危機に直面して究極のジョークを吐く、007のジェームズ・ボンドでも気取って居るのか。しかし、団子鼻に鼻毛を伸ばしたその風貌では、まるでバカ殿にしか見えない。
しかしこの会社はどうなっているのか? 実はこの時点で、実際に、現場の所員の小便が大量に、タンクを温めるため放出されていたのだ……。
「もう出る小便がありません!」
と、末端の所員がキレ気味に叫んだ。


クソワロタ
こういうおちゃらけというか、なかばジョークが描かれるのは本当に最後の章だけなのですが
最初からその最終章まで、「本来緊急事態に担当すべき部署や政治家は無力である」と
書かれ続けているので

(こうなることも、あり得るな……)

と思ってしまう構成にはなっています。

原発事故が起き、米軍は支援を名目に国家中枢に同席し
中国・韓国・ロシア軍が自国民保護などを理由に日本海に艦船を進出させ
円と株価は暴落しマーケットが荒れ狂う…と、
最終章では送電線の倒壊を引き金にカタストロフの様相を呈しますが
これはいわゆる「最悪のシナリオ」というのを狂騒曲的に描いているのでしょう。

 フクシマの悲劇に懲りなかった日本人は、今回の新崎原発事故でも、それが自分の日常生活に降りかからない限りは、また忘れる。喉元過ぎれば熱さを忘れる。日本人の宿痾であった。
――歴史は繰り返される。しかし二度目は喜劇として。


この辺りが読者、国民に対して筆者のメッセージが直接的に書かれていると思います。

あと細かいところで面白いのは、登場人物たちに特定のモデルが居るように作られていて
俳優出身の反原発参議院初当選議員の山下次郎(もうちょっとヒネれ)
局アナからフリーに転身した色気ムンムンのフリージャーナリストや
「彼は局アナをやめフリーになって、プロダクションを立ち上げた。家族や会社を食わせていかなくてはいけない」というニュース番組でトップ視聴率を誇る番組のメインキャスターとかね。

まぁ古舘プロジェクト伊知郎さんはこの本に書かれている「原子力ムラ」に対しては
割と攻撃的な事を言っていた記憶がありますが
確かに最近はトーンダウンしている感がなくもない。
ていうかググったら古舘プロジェクトって70人も従業員いるんか…。

本書内では

「欧州や中国で導入されている最新型原子炉は炉心溶融に備え、溶けた核燃料を冷却する『コアキャッチャー』という仕組みがある。抜本的な安全策ではないが、万が一の際にかなりの時間稼ぎができるのです。これが日本の新規制基準では無視された。電力業界や役所、原子炉メーカーも高額の費用がかかるから国民に知らせない。今や世界的に見ても日本の原発の安全性が劣るのは明らかです」(上記毎日jpより引用)

というような、海外の原発と比較して日本の原発の構造・設計の甘さを具体的に指摘したり
原発の知識を得るための読み物としても価値があります。

小説としてはところどころ拙さを感じさせる部分がないではなかったですが
全体的に破綻していませんし
普通の人が初めて書いたとは思えない高いレベルの文章にまとまっているとは思います。

これが…東大法学部卒の…力なのか… さすがなのか…基礎能力が違うのか…

と、ややワナワナ肩を震わせながら思いますね。
ま、昔なんか書いてたとか、論文書き慣れてるとか、何か理由があるのかもしれません。

とはいえ、たぶん本当の専業小説家なら、原発に関する内部情報を下敷きに
池井戸潤的なハラハラ感ある小説に仕立てあげるのでしょうけど
そうはなっていません。

この作者は何しろ官僚で、この本も純粋な娯楽小説というより
霞ヶ関の暗部を告発する性格のある小説なので
そういう読者を面白がらせる工夫や構成、サービスというのはあまりありません。
そのなかで肉感的な描写の続く「ハニー・トラップ」項は出色なのですが。笑。

原発問題、「原子力ムラ」の正体、官僚・政経小説に興味のある方は面白いと思いますよ。

ということで一旦感想はまとめておいて…。


あとは瑣末な感想

●偽名について

とにかく偽名・仮名が使われています。
東電のことを描いているのは一発でわかっても
東電とは書かずに「関東電力」と書かれていたりね。

これは作中にも出てくる「国家公務員法」対策なのかもしれないし
現在かまびすしい「特定秘密保護法案」が成立することを見据えての
一応作者の自衛策なのかもしれません。

で、ちょっと思ったのがこの本ってお決まりの
「この作品はフィクションです。作品内に出てくる人名等は実在のものと何の関係もありません」
的な文句が書いてないんですよね。
小説って書いてないのが普通でしたっけ。


●山下次郎について

俳優出身の反原発参議院議員山下次郎は
「蝿が一匹参議院に入ったところで何の影響もない」
というひどい扱いをされています。ぷ~ん(笑)。

まあ、事実、その通りになっている。

先日も
山本太郎放射能放射能うるさいくせに本人は喫煙している!」
という週刊誌記事が出て叩かれていましたが、別にあのひと個人が喫煙者であることと
放射能を大気や太平洋にお漏らししまくっちゃってるフクシマの事故と現状は
本質的に全く別個のものだと思いますが、それに絡めて批判されちゃうんですよねえ。

まぁメロリンQに素人らしい脇の甘さがあるなんて今に始まったことじゃないので…。

「この本は陰謀論だ!」という声もあり、たしかに作中には実名の組織名や人名がほとんど出ず
作者の身元や立場が明らかにされていない現状では
その攻撃に反駁する材料はあまりないでしょう。

作中では情報を漏らしていた若手官僚は結局バレて逮捕されてしまうのですが
この作者もなんかそういう感じでとにかく官僚を首になって、首になったら全部実名にして
今度はしっかりとノンフィクション本として
官僚サイドから見た原発以後の政界・霞ヶ関断罪本をださねーかなあ。

そう思うと
「作者がんばれ! がんばって情報を漏らして首になれ! そしてもっと情報を漏らせ」
というひでえ無責任な思いが胸に去来しなくもないですね。
笑。


●作者像について

たぶんオッサンです。
ムッツリスケベのど助平。
なぜそう思うかというと、理由は滝川クリステル的なフリージャーナリスト・玉川京子が
若手官僚を誘惑してハニトラにかける部分の描写だけがやたら脂っぽく
官能小説のような湿っぽいエロティシズムというか、ポルノチシズムにあふれているから。

いや~…ああいう粘っこい視線の文章を書くのはかなり脂の乗ったおじさんでしょう……。
そういう小説も全然嫌いじゃないですが笑。

淡々と官僚の男しか出てこない社会が描写されていくなか
そこだけやたらエロっぽくて浮いてますから、目立つんですよね。

何はともあれ「原子力ムラ」の実態と原発利権に群がる人々の実態を
ごく近い立場から怒りとリアリティを持って描いた良作。
たとえ作者の実態が脂ぎったエロ親父(勝手な想像である)だったとしても
これからもぜひ頑張っていただきたい。

感想としてはだいたいそんな感じです。
後半は全部蛇足だった気がしないでもないですが、まあよかんべえ。