『君の膵臓を食べたい』(住野よる/双葉社)感想
写真は2015年の本屋大賞で2位を獲得した小説『君の膵臓を食べたい』。
すげえタイトルだなしかし。
なのですが、今これが「第二の『セカチュー』(片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』)として、中高生や女性読者を中心に高い人気を得ているそうです。
映画化も決定していますよ!
<小説『君の膵臓をたべたい』実写映画化 北川景子&小栗旬が初共演 - ORICON STYLE>
ざっと上の記事を読んだところ、映画では小説とは設定が少し違うみたい。
それはそれとして、せっかく話題作と呼ばれる作品を読んだので感想をまとめておきます。
●あらすじ
主人公は何事についても流される性格の男子高校生で自称「草舟」。
そんな彼が病院で偶然同じクラスの女子と会い、彼女が書く「共病文庫」と名付けられた文庫サイズの日記を見てしまい、彼女が余命一年しかない重い膵臓の病に侵されているのだと知る。
彼女は家族以外には病気のことを打ち明けていなかったのだが、彼だけには心を許し、焼肉を食べたり旅行に行ったりして次第に仲良くなっていく。
冒頭から示されている通り彼女の死は決まったことで、作品の終盤で、彼女は主人公の前から姿を消す。
最後に、主人公は彼女の「共病文庫」を読み、彼女の本心を知るのだった。
●感想
あのー、意外に面白かったです。マジで、意外と!
言い方が悪いわ(笑)。
だっておめえ、公開されてる設定とかさあ、あらすじとかさあ、「第二の『セカチュー』!」なんて評判を聞いてさあ、三十男独身がさぁ、
「きゃっ!純愛なのね!そして愛するふたりは不幸にも離ればなれになってしまうのね!不憫なのね、悲恋なのね、そこには愛と涙があるのねきっと、そうなのね…!ああ私泣いちゃうのね、悲しい恋と別れと死の物語に浸って、きっと号泣しちゃうのね、のねのね…」
とは思わないじゃないですか。
この作品を実際に読む前に思うところというのは、せいぜい
「はぁ、セカチュー…ああ、重病系の…ヒロイン死ぬ系の…。そういうやつね。ああ、ハイ…わかりました…そりゃ、そりゃあね。そりゃまあ、悲しいよね。若い人が死ねばね…。恋人が死ねばね…。悲しい悲しい、わかるわかる…ハイハイ」
っていう先入観になりますよ!なりますよねそりゃ!
そんで、 割と本の前半はそんな感じなんですよ。
ふたりが特に障害もなく…仲良くなるというかイチャイチャしてて、それなのに男の方の主人公は「僕は他人と関わらないのだ…」とでもいうような、村上春樹にかぶれた大学生みたいなシニカルさというかコミュ障さを発揮していてさ!
苦笑いの半笑いで読むような退屈な展開が続くわけ。
けれども。
物語も中盤に差し掛かってきたあたりでようやく話が展開を見せはじめて、そこからはかなりグイグイと引き込まれて読んでしまいました。
もちろん大筋は「ヒロインが死んで悲しい!」っていう単純なことなんだけど、読んでいて、それがきちんと悲しいの!
どういうことかというと、冒頭では割と浮世離れしていたというか、「なんだこいつ」と思わせられるようなヒロインが、いつの間にか「ああこれはこういう性格の、愛されるべきヤツなんだな」という気分に、何故か、させられているんです。
読んでいて慣れてくるってこともあるとは思いますが、途中からちゃんと物語になるというか、作品に没頭させる力があります。
そこが不思議と言えば不思議で、最初あれだけ冷めた目で、斜めから見下していたはずなのに、なんかこう…なんか…主人公とヒロインを応援したくなっているんですよね。
なんでだろう。
それは、最初わりと不可解だったキャラクターの性格が徐々に掴めてきたり、キャラクター本人も少し変わって行ったり、二人の距離感が縮まっていく過程が丁寧に描かれているおかげでもあると思います。
まぁ恋愛物だし主人公の性格が春樹スノッブさを感じてしまうところはありますし、二人の高校生がただ仲良くなっていく過程が描かれる前半は(特に大人の男性が読むには)やはり退屈な感じがありますし、作者はこれがメジャーデビュー作ということで拙さを感じる部分が無いではないですが、それでも最後には、根暗でコミュ障ではんかくせー主人公と、ヒロインらしからぬ「うわはは」と笑う女の子のことが好きになってしまうはず。
類型化されてないキャラクター描写がクセになる…という感じでしょうか。
やれやれ的巻き込まれ型主人公で、ぱっと見は『涼宮ハルヒの憂鬱』のキョンっぽい主人公でもあるんですけどね。でもやっぱり明確に違っています。
「第二の『セカチュー』」というのは誰が言い出したのかわかりませんが、非常に的を得た評価であるように思えます。
中高生女子にウケそう!って感じとか。
『セカチュー』的な物語にケッケッとそっぽを向いて蹴飛ばしていた人にも、強くオススメはしませんが、最後まで読むと意外と胸にジーンとすることになるかもしれませんよ…と、よくわからないオススメの仕方をしておきます(笑)。
ああそうだ、映画『君の名は。』がウケる層にウケる作品だという気がしますね。
基本線としては少女漫画的というかね。
(あっでも漫画化のコミックは『月刊アクション』で連載しているんですって。『夫の弟』の雑誌か…)
『セカチュー』もたしか10年くらい前に、一応読んだはずなのですが、ほとんど内容を覚えていない。
それに比べると本作は、ヒロインの(少し歪んだ)性格や豪快な笑い方や生き方や唐突な死に方や、「共病文庫」という印象的な小道具について、10年後も覚えていられそうという意味でも、セカチューよりキミスイ(こういう略称なんですって!すげえバカみたい!)の方が面白かったと、個人的には思います。
タイトルも強烈ですしね。
膵臓を病んでるのにやたらホルモンが好きな女子高生ってなんだよ!…みたいなツッコミどころとかね(笑)。
この作品のおもしろさは、セカチュー的な「ああ恋人が死んだ!悲しい!」てのじゃなくて、(まぁもちろんその要素もありますが、それより)死や別れを前提としつつも普通の高校生が普通にやるような恋愛のような微妙な感情やすれ違いや勘違いや仲直りや不安や高揚。思春期男女のアレコレ。みたいなところにあるのではないかしらと、三十のおじさんは思いますね。
前半のかったるさや個人的属性(三十代独身男性であるということ)による肌に合わなさは感じますがそれはしょうがないとして、全体の印象としてはおもしろかったですよ。マル。