グランフォンド富山2022に参加した記録
一年に一回くらいカラダをいじめ抜く必要がある。
富山県の海抜ゼロメートルから世界遺産合掌造り集落まで一気に登って計180キロメートルを自転車で駆け抜けるサイクリングイベント“グランフォンド富山2022”に参加した。
ロングコースは2度めの参加。
コロナ禍で昨年、一昨年は中止。開催自体3年ぶりとなり、参加者も半分程度に絞られていた。
4時に起きて富山駅前のホテルを4時半に出発した。受付開始は朝5時。朝6時に富山競輪場“ドリームスタジアムとやま”をスタート。
朝焼けを拝むのもこの日くらい。
同時に参加した友人のT氏は昨年秋に自転車を新調したとのこと。
「おまえの自転車、前からディスクブレーキやったっけ?」
「いや、新車」
「いくらけ」
「……33万円」(限りなく小声で)
「おお」
「いや、これは20%オフでこの値段やったがや。あと俺は“30万円貯まる貯金箱”に10年くらい500円玉貯金をしとった。しかしそれを開けてみたところ20万円ちょっとしか入っていなかったがや」
「それはショックやな」
誰に対する言い訳かわからないけれど人は高額な買い物をしたときになにか言い訳じみたことを言いたくなるのだね。
スタートからしばらく、10人程度の班ごとに分かれてスタッフに先導される。
そのスピードが速い。
速すぎる。
時速35kmくらい出ている。
原付きバイクなら速度超過だぞう。
新湊あたりまでは必死でついていったものの、そこから庄川へ向かう微妙な上りの直線で無事ちぎられる。
俺も一生懸命力を入れて漕いでいるのだけど、じわじわと離されて時間が経つとそれが大きな距離になる。
いちおう、このイベント前に往復200kmのロングライド(一泊二日)をこなしたり日々チョコチョコと自転車には乗るようにしていたけど、平均時速ということを考慮せず、なるべく長く乗れるような、要するにラクな時速で乗っていたので、“高速度巡航を長時間”という乗り方をしていなかった。
全く効果がないとは言わないものの、やはりそれでは効果的なトレーニングにはならないのだ。
しかし事前の怠惰を呪っても後の祭りである。
レースはもう始まってしまった。
スタートから約40キロのこの区間がもっとも辛かった。
そもそも時間が朝6時~8時である。寝ている。いつもなら。
カラダの方が「えっえっどうしたんですか寝ている時間に。なぜこんな運動をしているんですか。えっえっ」と異議を唱えてくる。
本当はこの時間にあわせた早朝トレーニングを積むべきなのだろうけど日々の労務はそれを許さない。
普段の自転車が「ふふんふ~ん」なら35km巡航は「うおおおおおおおおおおおおおおお!」くらいの気合いで漕がなければいけない。
ほかのマシンと俺のクロモリ・フレームの性能差を思う。
10年以上前に買った、ラレーのカールトンE。
決して(スポーツ自転車の中では)高額な自転車ではない。
だけど、俺にはこれしかないんだ、だからこれがいちばんいい自転車なんだ。
なんとか庄川エイドに到着する。
バナナとパンとますの寿司のおにぎりとドリンクをもらう。
ここで食うバナナが世の中でいちばんうまい食べ物かもしれない。
最初のエイドに到着しただけでひとヤマ越えた感がある。
しかしこの後物理的な一山(どころじゃない)を超えなければならない。
城端トンネル手前は坂道をひたすら登る。
ここは事前に練習済み。上り坂はおよそ4kmに渡るけど「まあ30分登れば(我慢すれば)着くな!」と理解できていたのはよかった。
しかし練習時と違うのは、ここまですでに50kmほど漕いで、足をそれなりに使ってしまっていること。シンプルにしんどい。
このあとトンネルからしばらくラクな道になるのは承知だけどトンネル前の駐車場で大の字になって5分休憩した。腰が痛みだす。腰のストレッチもする。
五箇山相倉集落のエイドでは羽馬製菓のあんぱん(あんどーなつ)がもらえる……加と思いきやおにぎりになっていた。すこし残念。
このあと利賀エイドへ。
またも坂。
坂というか山。
山から山へ自転車を漕いでいく。
産業革命が日本に訪れる前、加賀藩だったころの生活に思いを馳せる。
この山奥の村に住む人達は歩いてこの山を登ったり降りたりしていたに違いない。
それは一日仕事だったはずだ。
だから舗装された道を自転車で走っている俺などラクなものだ。
都合10時間以上、自転車に乗り続けるイベントだけど、なるべく何も考えないようにしているので、時間が経つのが早い。何かを考えているときは、自分を励ましたり説得したりしている。
「うんざりなんてしてて当たり前 絶望なんてしてて当たり前」
長い山道を登攀するときはハイロウズの名曲『一人で大人 一人で子供』のフレーズがリフレインする。
なぜ……なぜ俺は金を払ってまでこんな辛い思いを……。
山を越えて利賀エイドでは弁当が出た。
五箇山豆腐、山菜ごはん、そしてエビチリ。
エビチリ……エビチリかあ~~~……。
坂の上の雲に追いつくくらいの山道を登り果てて吐きそうになりながらたどり着いた先に出されるエビチリ。
ここに来て中華はきつい。
俺はよく覚えていないけど前回までは利賀そばが供されていたはずの利賀エイドで、参加者の期待を裏切るエビチリ。
ソバをツルツルッと行きたいねえ! と考えているところに投げ込まれるエビチリ。
この点についてはほかの参加者からも非難轟々の様相であった。
いやエビチリに罪はない。
こっちが勝手にソバを期待していただけのこと。
のどにつっかえながら残さず食べた。
利賀から八尾方面へ。
地味にこの区間が上り坂と下りを繰り返すアップダウンになっているかつ、下り坂の路面が信じられないほど雑な舗装で自転車にダメージが残りそうなほどの振動が襲う。
(冬季閉鎖になるような細道なので舗装が行き届かないのだね)
辛い上り坂では何も考えずにペダルを回すマシーンになる。
退屈なので頭の中で音楽を鳴らす。
「ドブネズミみたいに美しくなりたい 写真には映らない美しさがあるから」
長ズボンのジャージを持ってきてしまったので裾をめくりあげて汗だくで息を切らせて見目麗しくない状態で走っている自分はドブネズミのようにみすぼらしく美しかったであろう。きっと。
上り坂で追い抜かれるとき、追い抜いていく自転車のフレームが太いと「どうせそのなかにバッテリーとモーターが入っているんだろう!」という汚い心になる。
そうしなければ俺の精神が保てない。
交差点で「時間がないのでショートカットコースに進んでください」と誘導されそのようにする。
ここまで早くたどり着いていれば、迂回するように山道をまた登らされるところだった。
「悔しいっ……(ビクンビクン」という気持ちは一切わかず、「やったあ!!!」と強く思う。
もっとショートカットしてほしい。どんどんしよう。
ショートカット、それは、私の好きな言葉です。
(先に行っていたT氏は山道を行ったそうな。ショートカットを選択することもできたけどせっかくだからと山道を行って後悔していた)
八尾で食べたソーメンは最後の一個だった。ラッキー。
午後になって元気が出てきた。
ここからはラクなもので、下りの道と平坦な海沿いのルートだ。
最後のエイドでは「ああもうあと1時間くらいで終わってしまうのか」とすこし残念な気持ちになった。
なんだかもっと、ずっと走り続けていたいような……。
(しかしカラダの方がそれを許さない)
ゴールしたときは16時半くらいだった。
このコースの罠があるところは、前半にきつい上り坂や山越えが連続していて、後半40%ほどはラクな下り坂と平坦なルートになるから、終わってみたら「なんだか意外と行けたな! 楽しかったな!!」と前半の苦しさをすっかり忘れてしまうところだ。
来年参加するかどうかは決めていない。
苦しさと楽しさが同居するイベントではある。
人生と同じだ。なんていうと大げさだけど。
何も考えずにただただペダルを回すあの苦しくて白い心境。
このときを思えば日々のささいな苦しさは乗り越えられる……乗り越えやすくなる効能はある。
1年に1度の非日常を味わえるイベントだ。