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日記のブログです。ヤフーブログから引っ越したので過去記事には不具合があるかも(2019年10月)。見たり読んだりししたものや考えたりしたことを忘れないうちにメモっておこうというもの。ヤクルトファン。

『水晶宮物語─ロンドン万国博覧会1851』(松村昌家/ちくま文庫)感想

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画像はちくま文庫公式サイト。

水晶宮物語 -ロンドン万国博覧会1851』という本を読みました。そうしたらこれが、すごくおもしろくていい本だったので、感想を残しておきます。

『エマ』で出てきたり後書きでオススメされたりしていたので購入しましたが、あのねー、そういうのやヴィクトリア朝に興味がある人は絶対に買ったほうがいい! …あ、いや、絶対にというのはいい過ぎた感があるので、できれば買ったほうがいい。でもこれAmazonにも在庫がなくて、中古で高値のを買わないといけないんですよね現状。どうにかせい筑摩書房

<あらすじ>

小説とは違うノンフィクションなので、本来は「あらすじ」というものはないのですが、この本の場合、タイトルにある通り「物語」という側面もあるので、ざっくりとこの本の説明をしながら、水晶宮その物語についても概説しておきます。

1851年、英国はその長い歴史のうちでも、黄金時代と呼ぶべき勢力最盛期を迎えつつあった。その中でヴィクトリア女王の婿殿下アルバート公は、フランス・パリの博覧会をお手本に、全世界から文物を集めたロンドン万国博覧会を開催することを計画する(正確にはロンドンの実業界である「美術協会」が主体となって)。

会場がハイドパークに決定するなど、具体的に話が動き出したところで、紛糾したのが、その土地に経てる建物。ここは太字で書きますが、一度公募したものの、決定に至る候補がなく、コンテストは不成立に。そして建築協会が改めて設計図を制作したものの、上がってきたのは不必要に重厚長大で、膨大な量のレンガとセメントを使用する、つまり建築費も巨大になってしまうもの(オマケに提出案をごちゃまぜにしたようなデザインも公園と不調和で酷評された)。

というわけで、会場のデザイン設計はふたたび頓挫。もう、どうするんやと。会期は刻一刻と近づいている、時間は無限にないのだと。どうするどうする…あああああ……。

……えっ!? 東京五輪の話?

って思いますよね。実際にこの辺から、いきなり話が身近に感じられるようになって、グイグイ引き込まれていきました。冒頭のアルバート殿下がどうのこうのという皇室アルバム的な話は割とどうでもよかったのですが。

決まらない会場の設計について、白羽の矢が立ったのは、叩き上げ(セルフメイドマン)の庭師、ジョーゼフパクストンその人であった。パクストンはこれまでにチャッツワスという土地に先鋭的で前進的な、ガラスと鉄骨でできた温室を設計しており、一部で注目を集めていた。(その構造を思いついたのが、「ヴィクトリアレギア(女王)」という巨大な睡蓮を栽培して、水面に浮かぶその葉に少女を乗せてもびくともしない葉の強靭さに注目したからこそというところに、なんとも歴史の綾というものを感じますね)

ともかく会場の設計が難航しているという話を聞いて実行委員に引き合わされたパクストンは、言ってのける。

「それなら9日間のうちに私が設計図を持参いたしましょう」。

か…か…か…

かっこうぇい~~。

そうして挨拶もそこそこに、別件の会議に出席したパクストンだったけど、当然会議に集中することもなく、そこにあった吸い取り紙(万年筆の余分なインクを取る紙)に、構想をスケッチする。それは正にチャッツワスの温室を巨大化したような形で、正にこのとき、全世界のどこを見渡しても存在しないガラスと鉄骨による巨大建造物が、ひとりの庭師の手によって、生み出されようとしていたのだ……。

プロジェクトエエエッックス!!!

(もはや懐かしいなこれ)

この後、「公園にある古い木を切るな!」とか、その膨大な量のガラスと鉄をどうやって用意してどうやって開会までに組み立てるのだとか(なにしろ前例のない建造物である)、とにかく色々な難題が現れるのですが、それに対してパクストンは非常にうまく解決法を見つけます。

その過程が、じつに『プロジェクトX』的なというか、見ていなかった人にはもはや解説が必要だと思うので説明しますが、一人の男が情熱とアイデアでもって、国家の一大事業に挑み、成功させるというくだりが、実にドラマティックで興奮します。

そうしてざっくりいうとロンドン万博は成功裏に終わるのですが、クリスタルパレスはシドナム(ハイドパークからテムズ川を越えて南東にやく10kmの土地)に移設され、コンサート会場などを増設されたイベント場として利用されます。なのですが、1936年11月末に火事が発生し、ほぼ全焼してしまいました。

つまりこの本は、クリスタルパレスの誕生からそれが喪われるまで、その「人生」を丁寧にまとめた1冊なのです。

<感想>

ちなみにロンドン万博が開催された1851年という年は、ペリーが浦賀に来港する2年前で、日本人は「攘夷でござるwww攘夷でござるww」とすら言い出す前。鎖国体制真っ只中の、ある意味よき時代と言えるでしょうか。
(さらにちなみに、で言うと、この約10年後に開催される1862年の第2回ロンドン万博では日本からの使節団も観に行っていて、その中にいた福沢諭吉が「Exhibition」を「博覧会」と和訳したとか ※諸説あり)

そのような時代に、現代のカーテンウォール工法のような鉄とガラスの巨大建築物を建てていたイギリスという国にもびっくりですが、その経緯に、現代の東京五輪新国立競技場のようなゴタゴタがあったというのもまた驚きです。

その「偉大なるイギリス」の象徴であったクリスタルパレスも焼失後は再建されず、いまではシドナムの地に「クリスタルパレスパーク」が残るばかり。ロンドン万博の大成功から、この焼失まで、ロンドン、ひいてはイギリスという国の栄枯盛衰ということに関して思いを馳せずにはいられません。

そういった感慨を持つという意味でもこの本は、やはり単なるノンフィクションの枠を超え、『物語』と名付けられているところは非常に正しいと思います。
もちろん豊富な資料と丁寧な調査で裏付けられた内容はロンドン史、イギリス史、建築史として充分な学術的価値もあるでしょう。

すごくいい本でした。
何かの折に改めて増刷されろ。

あとぐぐったらクリスタルパレスが再建されるというニュースがあったという話。そういえばなんか聞いたことがあるなあ。でもこれ2013年のニュースなんだけど、その後どうなったんだろう。