明日はもうすこしマシにします

日記のブログです。ヤフーブログから引っ越したので過去記事には不具合があるかも(2019年10月)。見たり読んだりししたものや考えたりしたことを忘れないうちにメモっておこうというもの。ヤクルトファン。

半村良『僕らの青春 下町高校野球部物語』面白かった

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暑さしのぎにぶらりと図書館へ行ったらば。
こういう本を見つけました。

半村良『僕らの青春 下町高校野球部物語』(河出書房)。

この半村良という人の本を読むのは初めてなんだけど
著作リストを見ると『戦国自衛隊』が一番有名かな?
知らなかったけど直木賞作家だったですのね…。

1978年の東京中日スポーツ(通称「トーチュウ」)に連載されていた小説で
なぜか30年以上経った2010年に初めて単行本としてまとめられたそうです。
そのいきさつも知りたいなあ。

でもってこの本が予想外に面白かったので感想を書いておきます。
必然的にネタバレになりますので、ご了解ください。

ええと、これがどういう話かというと、表紙とタイトルの通り野球の話。

舞台は昭和50年台の東東京で、イメージとしては荒川区とか墨田区とかあのへんかな?
「下町」っていうくらいだから、山の手でない、小さい家や工場とか林立する地帯じゃないかな。

そして、この「下町高校」という架空の高校は、名前に似合わずガリ進学校
生徒たちは模擬試験や定期テストにいつも追われて
熱心にスポーツやクラブ活動をすることを許されず
勉強することを強いれられています。

しかしそこで立ち上がる生徒が居るわけです。
「そんなのは嫌だ」と。
たまたま、この高校には「野球の天才」が9人いるんだと。
そいつらを集めて、東京で一番野球の強い高校に勝って
勉強を強いる教師や、俺らには、自分たちには何もできないと高をくくっている同級生たちに
あっと言わせたい、一泡吹かせてやろう! …と。

 「だから一度だけ……たった一度だけでいいんです。強い相手と、この学校の野球部として本式に試合がしたいんです。だって……このままじゃ……」

渋川は不意になみだぐんだ。なぜ泣きたくなったのかよくわからなかったが、とにかくそれは怒りのまじった激しい感情であった。
(略)
渋川は気を取り直して背筋を伸ばし、胸を張って言った。そうすればなみだがとまるかと思ったのだが、なみだはポロポロと渋川の顔を流れ落ち続けた。 

(P52~ 主人公・ダッシュが野球のうまい“センパイ”に参加を懇願している場面)

引いては受験戦争を押し付ける社会に対する反逆であり
世間の風潮に対する少年たちからのオブジェクションであると。

まぁそういったテーマ性を持ったような感じもしなくもない小説ですね。

野球小説だから興味を持って借りたんですが
その野球のシーンもいいんですよね。
描写に過不足がないというか、スッキリした文章でスピート感があるというか。

「本気でかかれ」
一塁手が答えた。
吉村投手はきっとした表情になってまた投げる構えに入った。さすがに隙がない。セット・ポジションでちらりと二塁を振り返っただけで、デカはおびえたけもののようにベースへ飛び戻った。
その瞬間、吉村投手が投げた。六大学時代は快速球で鳴らし、今は社会人野球の技巧派投手の筆頭に挙げられている吉村投手である。高校生にとっては手に余る重いシュートが外角へ向かった。
マジは短く持ったバットを押し出すようにして鋭く振った。振り切ってはいない。
カツン、と音がしてボールにバットが当たった。明らかに右へ狙ったカット気味の流し打ちであった。ボールは低いライナーとなってセカンドの右へ飛んだが、シュートボールだったせいか、更に右へ寄って行き、内野の土の上にワンバウンドして外野の芝生へ転がっていった。


(P136 新チームの実力を試すために社会人投手と対峙する場面)

なんていうか文章が教科書的というか
変に凝った表現や穿った考えみたいなものがなくて
実にすっと読みやすい文章なんですよね。
お手本にしたいくらいの。

それは作者の特徴なのかもしれないし
スポーツ新聞連載ということで、誌面にそういうことをする余裕がなかったのかもしれないし
読者がそういう文学的表現を求めている層じゃないというのも関係しているかもしれません。

あと、当然読んでるのが野球を知っている読者ばかりであるという前提があるので
変にいちいち解説したり長々と説明を加えないというのもいい方向に出ています。
「ライパチ」が(昔の野球では)下手くそな選手が入る定番のポジションだったということとかが
説明がなくてもわかる読者向きの小説ではありますね。

なにしろ文章が平易で読みやすいというのは間違いなく
2時間くらいで一気に読み終えてしまいました。

野球小説って、最低でも1チーム9人を描写しなければならないので
人物の書き分けがえらい大変なのですが
この小説では高校の伝統として互いに「アダ名」をつけるという設定にし
うまくキャラクターの性格や特徴を伝えています。

なんでも大げさに言うから「ゲサ」とか
体つきも性格も態度も大人びて、トライアンフ(車)を運転する年上の恋人がいる「センパイ」とか
野球部部長の定年間近で干からびた歴史教師「ヒラヒラ」とか。
キャラクター造形がうまいんですよね。

わかりやすいストーリーに際立ったキャラクター、
確かな実力で紡がれる過不足ない文章。


時代的にもちょうど合致する、ちばあきお『キャプテン』とか『プレイボール』という
球漫画をほうふつとさせる淡々とした筆致でドラマを描いています。
舞台も同じく東東京(『キャプテン』は墨田二中)ですしね。

野球が好きで、この辺の古い野球漫画でも楽しく読める人なら
この小説も間違いなく好きに読めると思います。


主人公の「ダッシュ」(走るダッシュではなくて、記号の「’」。
いつも誰かの後ろについて回っているという意味)も
野球が下手くそながら体当たりで奮闘するという、いかにも『キャプテン』的な人物造形ですし。

ちなみにですが脳内では『プレイボール』の半田で想像していました。
野球未経験で目が× ×になっている小さいやつです。
「僕はここでノックを見てコツを覚えますので」とか言って逃げようとするアイツよ。

2000年代になってなぜか再びアニメ化された『プレイボール』でも
半田の成長がドラマチックに描かれていましたし
やっぱりこの「友情・努力・勝利」という昭和のジャンプ的要素
最初は気弱な主人公が成長していく様子は読んでて清々しいですよね。

主人公が野球を通して成長し、大人になっていく様子が
実にてらいなく、照れずに、丁寧に描かれています。
こういう小説って現代ではもはや貴重じゃないですか。
これが単行本化されて世に出たのはいいことだと思いますです。
よくやったぞ河出書房。

ただ、唯一不満なのが
本来クライマックスとなるべき夏の甲子園大会予選が
あまりにもサラーっとダイジェストでお送りされているところですよ。


いくらなんでも部員9人のチームが東東京大会をスイスイ勝ち抜いていくのは
現実味に欠けるし、せっかくのクライマックスで本来の目的だった
「学校や教師へのオブジェクション」というところの、世間からの反応が薄いのも
不満。

ぎゃふんと言わせにいってるんだからぎゃふんと言ってくれなきゃ!


張り合いがないですよね。
まぁ一応学校や世間は「黙認」というか「黙殺」という形で
逆説的に主人公たちの行動を認めてはいるんですが。

やっぱりさぁ、絵的にはこう、

「それまで頑なだった学校や友達や世間や社会がワーッとなって
最初はガラガラだったスタンドが主人公たちの応援で一杯になり
強豪校と死力を尽くした激戦の末……敗れる」


っていうベタな方が面白いじゃないですか。
途中までトントントンといいテンポでさしたる障害もなく進んで行った話が
最後だけこう、サービスしてくれないのでやや肩透かしの気分になります。

マジで最後の試合とか半ページで終わってますからね。
おい! お前! 書けよそれを! 書けよ試合を!
諦めんな! 諦めんなよ! どうしてそこで諦めるんだそこで!!


という、そこがまぁ残念なポイントではありますが
全体的にはとてもいい野球小説だったので
よかったです。

今出ているラノベ…というか表紙がアニメ調イラストの文庫書き下ろし小説のシリーズ
『偏差値70の野球部』というのがあって
1巻だけ読んだのですが面白くなくて2巻以降は読んでないのですが
この『偏差値70の野球部』というタイトルで本来読みたかったのはこういう内容の話よ!

ところが実際はこの『偏差値~』の方は、1巻ではほとんど野球をしてないんですよ!
なめんな。

本屋についてるオビによるとシリーズ55万部出ているらしいので売れているのですが
1巻読んだ限りでは言うほど面白く無いんだよなぁー。野球してないし。
まぁ、2巻以降で野球を始めて面白くなっている可能性もありますが…。

あと最近小ヒットした高橋秀実『弱くても勝てます 開成高校野球部のセオリー』
同じく「進学校の野球部が奮闘する」という点で通じるところがあり
本屋の人はこの辺を並べて売り場を作るといいんじゃないかなと思いました。
何目線だ。

半村良という人の作品は初めて読みましたが面白かったので
直木賞受賞作の『雨やどり』というのも読んでみたい。
元気があれば代表作『戦国自衛隊』も。
なんでもSF作家としては初の直木賞受賞者なのだとか。
へぇ。