明日はもうすこしマシにします

日記のブログです。ヤフーブログから引っ越したので過去記事には不具合があるかも(2019年10月)。見たり読んだりししたものや考えたりしたことを忘れないうちにメモっておこうというもの。ヤクルトファン。

なぎら健壱『東京酒場漂流記』(ちくま文庫)感想

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タモリ倶楽部』に出てはお酒を飲んで赤ら顔になって帰っていくおじさんことなぎら健壱さんの酒エッセイを読みました(本業はフォークソングの歌手)ちくま文庫というところがすごい。『東京酒場漂流記』。内容はタイトルのとおりで、本人が友人などとともに訪れた“酒場”の記録や思い出話がまとめられています。

初刊行は1983年ということで、いまからなんと30年以上前の内容になりますが、描かれている情景や感情は、現代の「飲ん兵衛」ならなんともよく分かる、わかってしまうというようなもの。お酒を飲むひとなら思わずクスリとしてしまうような、酒とのんべの蜜月の日々が情感豊かに綴られています。

登場するお店は、文庫版発刊時ですでに閉店しているものもあるようなので、ここに出ているお店に行きたくなったとしても、どれだけのこっているかわかりませんが、読んでいると、「俺もここで飲んでみてえなあ」と思わせられることうけあいです。

じつは東銀座(旧町名・木挽町)出身だという、なぎら健壱さん。ビルだらけの街になってしまった東銀座を見て残念そうにぼやいたり、代替わりであいさつしようと思ったら、まったく無視されてしまって「こんな野暮が大手を振って歩くようになってしまった」と嘆いたり、「喪われた東京」への憧憬が深く感じ取られて、この作品を、単なる酒場紹介の書にとどめおかない要素となっています。

東銀座の高速道路は昔川だったとか、もんじゃ焼きの流行るまで、みたいなことを、実際に見たことを語っているので、どの章も、実に血の通った内容がとてもいいです。語られていることは酒にまつわる飲ん兵衛の思い出話にすぎない、という見方もできるものなのですが、それでいて、読み味はなんともじんとくる、ちくま文庫の名に恥じないものになっています。これを筑摩から出版しようとした編集者はエライ!

描かれるお店はどれも個人店や老舗で、つまらないチェーン店なんて一個も出てきません。(時代的に、そもそもチェーンの居酒屋というのが少なかったというのもあるでしょうが)。自分でもこういう個人の居酒屋にぶらりと入って飲みたいという気持ちはありますが、やっぱり個人店と言うのはチェーン店に比べて高いですし、一人で入るにはやや怖さを感じますよね。常連の人たちがずっと喋っていたりね。

もうすこしこうおとなになって、懐に余裕ができて、心にも余裕ができる歳になったら個人の居酒屋いろいろはいってみたいですね。そんなことが来るのだろうか。

エッセイというのは、その人の目を通した体験を描くものなので、なんというか、実際にこの中に出てくるお店に行ったとしても、同じような体験ができるのではありません。エッセイを書く人というのは、そのエッセイに描かれる世界観で世の中を見ている。エッセイを作るのは世界観なのでしょう。実シンガー・ソングライターらしいというか、フォークソングの歌手の目で、東京の酒場を見て、描いている。叙情的でもあるし、そのまま寂しい音色の歌詞になりそうな言葉であるし、気持ちが書かれています。

酒を飲むだけのオジサンかと思っていましたが、そうじゃないというところが見えました。いい酒エッセイを書くオジサンだったのですね。